コロナ禍と言うまさに青天の霹靂のような出来事ですっかり世の中の舞台文化が停滞してしまった。
世を恨んでも仕方ない事でこんな時こそ前を向いて落ち込んだ人たちに笑いを届けてくれる芸人こそが、私は文化を滞らせず創って行ってくれる戦士と思っている。
そして今回満を持して日出郎(blog)事天狗連志ん進と渡辺裕太(blog)事天狗連俳遊が「二人会」で「天狗連参る」を再開すると聞いて思わず立ち上がらんばかりに喜んでいる。
コロナの為に天狗連参るの別館は開催されていたが、東洋館での天狗連参る 其の伍からはもう二年振りのはずだ。やはり芸人の本場浅草「東洋館」での公演は、聴きにゆく我々にとっても楽しみが倍増すると言うものである。
そして二年の月日は世の中を変化させたばかりでなく二人の芸も大いに成長させたと思っている。先日見た渡辺裕太の日テレのレギュラー番組のレポターの喋りのリズムの良さを聴いて、プロの喋りになって来たと驚いたばかりだ。それに素人の失敗に対応する間が絶妙だった。
そう言えば先日聴いた所作の多いネタ「茶の湯」の捌き方は堂に行っていた。落語は所作が間を作るものだから動きに引っ張られて噺が崩れてしまう事が良くあるものだが見事であった。
先日、日出郎の本業の歌と踊りの「オネミュ」の舞台を見に行った。いやいや出ずっぱりの大変な活躍であった。
私は舞台と言うものの一番の魅力はキャストの生命力だと思っている。上手い下手はその生命力にはかなわないのだ。今でも美空ひばりの最後のコンサートのあの生命力を思い出すだけで震えがくる。
三遊亭圓生が志ん生の高座をこう例えた事がある。「志ん生さんの落語は真剣の勝負なのです。私の落語は木刀の勝負。怪我はしても負けて死ぬ事は無いのですよ。道場では一番強くても真剣を持ったら敵わない。悔しいがそれが落語の高座なんです。」日出郎はそれに近づいていたと私は思った。
最終日楽屋口から出て来た彼に声を掛けたが、私の声にも気づかず新宿の雑踏に幽霊のように消えて行ったその姿に舞台に命を置いて来た気概を感じた。そんな訳で二人の成長した高座を本当に期待している。
そして今回初の出演をする女優の稲村梓(Twitter)。ドラマや舞台で活躍する彼女が落語に興味を持ってくれたのは落語ファンの私としては大いに大歓迎だ。
稽古を付ける世之介からは「猫の皿」をやりたいと言っていたと聞いた。以前日出郎がおカマの香具師を演じて立ち上がって歌った時には度肝を抜かれた。どんな「猫の皿」を演ってくれるか、これまた楽しみだ。
天狗連鳩太郎(Twitter)も出演する。彼の落語を久しぶりに聞けるのは嬉しい。世之介から聴いたが「彼の高座はいつかアメリカに輸出できる」と太鼓判を押していた事があった。コロナさえなければ現実していたかもしれないと思うと残念だが、その間に成長して居れば良い訳で今後も期待だ。
さあ「天狗連参る」新たに第二章が始まる気配がして来た。大いに期待して待ち侘びたい。それから付け加えて世之介の弟子の杏寿が二つ目に昇進する「天狗連参る」では前座最後の高座も見逃せないおまけだ。
■ 演芸評論家 室輪まだこ