正月は何でも初をつけたがるがやはり「初夢」は他の初物とは違う正月らしさを感じる言葉だ。そのせいもあって無季語の落語だが正月にこの噺を聞くことが多い気がする。
世之介の「天狗裁き」の見どころは隣の熊公との江戸っ子同士の喧嘩にあると私は思っている。
夢を見た、見ないの発端から全く離れた味噌の借し貸りに喧嘩の矛先が向いて往く演出は何度聞いても楽しい。またお白洲に呼ばれる八五郎の転換の妙。演出の巧みさは世之介の魅力のひとつだ。
一時期NHKBSのディレクターが世之介の「天狗裁き」を気に入って何度も番組で流していた。そう世之介落語は癖になる要素を持っている。
この落語を古今亭志ん生で聞いたのが私は初めだったと思う。その後先代金原亭馬生を聴き、今はその弟子の世之介を推している。
落語界は今、納まったご隠居のような落語が流行っているが、やはり私は志ん生から繫がる、志ん朝や談志のようにテンポの早い口調が好きだ。
そんな落語を継承している世之介の江戸っ子の夢の噺。是非大笑いしながら聞いて欲しい。
一時期、世之介は盛んにこの噺を高座に掛けていた気がする。
多分若い頃からの世之介のこの噺を50回は聴いたと思う。当時二十代の駒平だったころ寄席の高座でも勉強会でもよくかけていた。
感心したのは15分でも30分でもこの噺を演る力で若いのに巧みさを感じたのを覚えている。世之介自身も「この噺は好きです。先々代の蝶花楼馬楽師匠に褒められたからと言う人が居ますが、亡くなった右朝兄さんが私のこの噺が好きで、色々な落語会で『宮戸川』をやってくれと言われ、良くかけました。」と何処かのインタビューで聴いた事がある。
金原亭伯楽が佳太の頃に世之介は稽古を受けたとも言っていた。すると前座時代から「宮戸川」を演っていた事と成る。しかし伯楽の「宮戸川」を以前聞いたが随分違うように感じる。
世之介に違いを聞いた事があるが「違いませんよ」と世之介に言われた。
「セリフはほとんど伯楽のままです。喋り方。アクセント。速さ。は大分変えました。お花の喋りは可愛らしくするため間をたっぷりとって半七とお花の性格を伯楽の演出の逆にしました。伯楽のお花はおきゃんですが私は可愛く頼りないお花を演出しています。
女の子は頼りなさそうでいて実はイニシアチブは女が持っている。それに乗せられていく半七を描いています。伯父さんと伯母さんのテンポも伯楽とは逆です。」
そう言われ先日伯楽師匠の「宮戸川」を聞くと世之介のほぼ言う通りだった。前座の頃、先代蝶花楼馬楽からこの噺を褒められた逸話は有名だが馬楽が褒めたのは、この見えない演出にあったのかもしれない。
今回世之介が「宮戸川」を選んだのは愛弟子である杏寿が二つ目に成る最後の池袋の会だからではないかと勝手に思っている。
それは二つ目昇進に向けたインタビューで彼女がこの噺に感動して世之介の門を叩いたと何度も言っていたからだ。その餞(はなむけ)かと勝手に思っている。
『宮戸川』の題名になる後半を今回演じるかどうかは分からないが、後半の芝居仕立ても是非正月に聞いてみたいものだ。
■ 演芸評論家 室輪まだこ
▶︎ 琉球新報 2023年1月2日
「「このままでは何者にもなれない」タレントから落語家に転身 金原亭杏寿さんの決意 <夢かなう>」
▶︎ 沖縄タイムス 2023年1月6日
「「やっと一歩を踏み出せる」女性落語家の金原亭杏寿 「艶かわいい」と人気上昇」