『噺の危機は最高の落語家を育てる』
　現在噺家は、東京の落語協会、落語芸術協会、三遊協会、立川流。そして関西の上方落語協会と落語史上これ程までにない隆盛を誇って居る。もちろんしばしば爆発的に落語がもてはやされ、数多くの噺家が存在した時代はあった。江戸太平記に寄席が多数出来て噺家を含む芸人が山のように生まれた。しかし庶民の贅沢を取り締まった水野の改革で寄席の数は激減。食えなくなった噺家も激減した。やがて明治維新。庶民の時代へ突入。圓朝を始めとする名人が現れ、また隆盛を極めてゆく。ところが日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争と落語を楽しむ事イコール非国民のレッテルを受け落語はまた衰退する。そして終戦。笑いに飢えた庶民に古今亭志ん生というモンスターが満州より帰還する。加えて文楽、金馬、圓生、小さんが落語を蘇らせる。それでも戦後の落語界は百人ほどの所帯であった。そこに、大スター林家三平、三遊亭歌奴後の圓歌。そこに談志、志ん朝が現れその隆盛が現在に至る。そこにこのコロナ禍である。仕事の無い噺家達はアルバイトに走っている。どうも落語界は偽物の芸がはびこると一時衰退し名人が現れ。それを救って行くようだ。私は是非世之介にそれを期待したい。このコロナで世之介も苦しい生活を持しているとは思うがその中できっと何かを掴んで芸の奥行きを広げてくれると思っている。今回の「愛宕山」は志ん朝に教授を請けた噺と聞いた。この名人上手が受け継いできた「愛宕山」と言う噺をコロナの中でどう料理してくれるか楽しみだ。そして落語協会が長年育てている「新作落語台本募集」の秀作「白和え」。私は世之介以外に聴いた事は無いが、世之介落語の一端を感じさせるほろっとした作品で私は個人的に気に入っている噺だ。時節を組み入れるのが上手い世之介だけにどう料理するか期待して良い。コロナ禍ですっかり寄席から遠のいたお客様たちにお願いする。是非寄席に来て本筋の芸を身に着けている噺家を応援して欲しい。

演芸評論家　室輪まだこ