金原亭杏寿 根多おろし落語会『黒門町で逢いましょう』|落語会のお知らせ|金原亭杏寿 Official web site
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金原亭杏寿 黒門町で逢いましょう

金原亭杏寿 黒門町で逢いましょう

毎月根多おろし落語会

落語協会 2階

〒110-0005
東京都台東区上野1-9-5
落語協会
※会場でのマスク着用はお客様の判断でお願いいたします。

全自由席

前売り 2,000円
当 日 2,300円

完売

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『抜け雀』

噺自体も大好きな落語であるが、題名の「抜け雀」もよくできたネーミングだと常々思っている。

落語の題名は現代で言うならば商品コピーである。題名を見て聴きたくなるような、それでいてなんとなくその話をイメージできる。だいたい「抜け雀」と言う言葉は落語以外には存在しない。

「二階ぞめき」や「文違い」などと同じ造語であるにもかかわらず江戸時代から現在に至るまで存在し続けて居るのが凄いと思うのだ。

「高田馬場」や「宮戸川」のように存在する地名が題名になっているモノもあれば「芝」や「芝浦」「芝の浜」はあるが「芝浜」と言う地名は落語によってできた名前で、もちろん「芝浜」と言う地名は今もない。他にも「ぞろぞろ」「つるつる」「だくだく」など本当に落語の題名は今でも最先端のコピーである。

さてこの題名は誰が付けたのかと言うと楽屋の根多帳を書いていた当時の前座が付けたのだ。考えてみればその頃の前座のセンスは大したものだと思う。

先日そんな話をしていたら杏寿の師匠世之介が「前座のころ私が付けた名前が残ってますよ」と言われた。「何ですか」と聞いたら川柳川柳の「ガーコン」はそれまで「軍歌」とか「歌は世のつれ」とか書かれていたそうだが世之介が「ガーコン」と書いてからは「ガーコン」として世に残っているのだそうだ。

鈴々舎馬風の「会長への道」は根多帳を見て馬風が気に入ってラジオの題名などに使ってそれが広まったそうだ。先代三遊亭圓歌の「猪木が危ない」「中澤家の人々」などもその頃世之介が付けたそうだ。古典落語の題名をじっくり鑑賞するのも落語ファンにはお薦めである。

さて今回の「抜け雀」は古今亭の十八番の一つで志ん生、志ん朝はもちろんであるが杏寿の大師匠馬生の「抜け雀」は絶品であった。

特に絵心のあった馬生が扇子を筆に見立て描く雀の絵は確かに真っ白な衝立に描かれてゆく様子がリアルだった。

また先代馬生から直接聞いた噺だが、馬生宅の新築祝いに村上豊画伯が来たことがあったそうだ。

師匠はわざわざ床の間に気に入っていた村上の絵を掛けて出迎えたそうだが、酒が進むうちに村上が「絵の中の雷様が生きてない。師匠絵具を貸してほしい」と止める間もなく下の絵が見えないほどぐちゃぐちゃに真っ赤にしてしまったそうだ。

「あの時、抜け雀の宿屋の主人の気持ちがよく分かった」と笑いながら聞いた事があった。そんな体験が馬生の「抜け雀」には生きているのだと思う。

杏寿の「抜け雀」ははたしてどんな形に雀や宿屋の主人、そして女房を描き切るのか。これからの古今亭の十八番を杏寿の「抜け雀」に育てて欲しいと願いつつ、今から楽しみにしている。

演芸評論家 室輪まだこ

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