暮の人情噺の定番と言えば『芝浜』である。
鈴本演芸場では十二月の中席十日連日の「芝浜」を聴かせる企画もある。
「芝浜」はそれだけ人情噺として確立した根多として落語ファンに認知されているのだ。
立川談志が国会議員選挙の全国区で出馬した際、各地の婦人会を回り「芝浜」を聞かせて女性票を集めた話は有名だ。
落語は元来男が好むエンタテイメントだがその中で「芝浜」ほど女性も含め人気のある噺はないだろう。
もちろん噺家の技量で左右されるのは当たり前であるし、それだけ難しい噺でもある。
今回の杏寿の根多下ろしはその『芝浜』である。この噺の主役はもちろん魚屋の勝五郎。古今亭は熊さんであるが、杏寿は勝五郎、魚勝で演っている。
古今亭の杏寿がなぜ名人三木助の演出の名で演っているのかというと師匠の世之介が先代入船亭扇橋からこの噺を稽古してもらっているからだ。
扇橋はもともと「芝浜」の代名詞、先々代三木助の弟子で師匠が亡くなった後先代小さんの弟子になった経緯がある。その後「芝浜」を世之介の師匠先代馬生から習っていたが登場人物や拾った金の五十両は四十二両に、三木助の型に戻したのだそうだ。
つまり杏寿の「芝浜」は古今亭の良いところと先々代桂三木助の良いところを貰った落語となっている。
またこの落語のもう一人の主役は魚勝の女房である。
近頃、杏寿の落語で注目しているのが各噺に出てくるその女房だ。「金明竹」や「幾代餅」「天狗裁き」「子別れ」の女房はかなり良い。前々回の「子別れ」の女房の演出、セリフの吐き方は感動的だった。
子供と女房のやり取りの臨場感と緊迫感は一つの舞台を見ているような錯覚に陥らされた。落語で久しぶりに涙してしまった。あのシーンだけなら真打の芸と言っても過言ではないだろう。
「芝浜」での気弱そうでいて亭主をリスペクトしたしっかり者の女房が「離縁だけはしないで下さい」と言うセリフは男性だけでなく女性の心も動かすに違いない。
まだまだ若い独身の杏寿が母の心持を演じた「子別れ」から今回はしっかり者だが亭主を愛する古女房をどこまで演じられるか?
今年の聞き納めの杏寿の「芝浜」を大いに期待している。
演芸評論家 室輪まだこ