落語にはあまり悪人は出てこないが中には性悪なキャラクターも何人かは存在する。
「らくだ」の馬「宮戸川」のお花を簀巻にして宮戸川へ放り込む正覚坊の亀と船頭。「もう半分」の酒屋の夫婦、「双蝶々」の長吉などがそうだ。
悪女と言えば「鰍沢」のお熊もその一人だが、やはり日本最大の悪女と評せられるのは「妲己のお百」だろう。その美貌と利発な頭を使って次から次へ密通を重ね人を殺めてゆく。
講談、歌舞伎、小説、映画の題材として何度も扱われている。なんでも江戸時代の宝暦年間にいたとされる実在の女性らしい。
落語や講談ではそのストーリーは怪談仕立てになっていて何度か高座で聴いた事があるが若手の噺家が手掛けているのをあまり聞いた事はない。
それを二つ目になりたての杏寿が根多下ろしで掛けるというのだから驚きである。
しかし毎回杏寿には驚かされる。選んでくる噺の演題がこちらの予想を遥かに超えてくるからだ。
最初が「幾代餅」そして「死神」「青菜」「天狗裁き」今度が「妲己のお百」である。
手練れの真打でさえ舌を巻く噺ばかりだ。長い噺の中で今回は「十万坪の亭主殺し」を掛けるそうだ。
出所は講談師の神田陽子らしい。亡くなった志ん生や立川談志もそうであったように講釈ネタを落語にして成功した例はいくらもある。
まして杏寿も女性であるから女の講釈師として会長にまでなって活躍する神田陽子から習ったというのは中々良い目の付けどころかもしれない。
講釈の勢いや切れを踏まえて落語らしい「妲己のお百」に仕立て上げてくれることを期待するし絶対聞き逃せないと思っている。
そういえば師匠の世之介も7月30日の池袋演芸場独演会で「妲己のお百」の「峰吉殺し」を掛けるらしい。別々の会であるが師匠の演じる悪女と杏寿の演じる悪女。
どちらも楽しみな夏の怪談噺となりそうだ。
演芸評論家 室輪まだこ